映画原人の穴

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【プライムビデオ】「今田×東野のカリギュラ」―ヒリヒリするのがお好き?―

東野、鹿を狩る Vol.1 「山の掟」

概要

 カリギュラ―禁止されているものほどやりたくなる心理―、つまり普通の地上波では深夜でさえコンプライアンスや需要の問題で実現できない企画を、ネットでならできるだろ!ってカンジでやってしまう番組だ。司会は今田耕司東野幸治で、東野は自身も鹿狩りのドキュメンタリーに参加している。

 

感想


 テレビがツマらなくなった!と言われて久しい2017年の日本。まあ、実際は面白い番組なんていくつもあるわけだが。それでも面白くねぇと罵られるのは昔の、例えばタケシがやってたような過激派コンテンツがめっきりなくなり、クレームを避けることに心血を注いでいる様に感じられるからだ。
 最近のYoutuberが人気あるのは、テレビ界が直面するコンプライアンス問題に堂々とシカトをブッコいていて、それがキッズたちにヤラセなしのガチンコだ!と支持されているからだ。今、視聴者はやらせに極度の嫌悪感を抱いている。それは騙されたことに対する不快感か、情報基盤社会においてそういったインチキがテレビで流されることへの不安なのか。
 テレビの波及力が強すぎたおかげで規制が厳しくなっていると言える。結局のところ、日本人はテレビの情報を信用し過ぎなのだ。報道だろうが、バラエティだろうが、ドキュメンタリーだろうが、編集が入った時点で何でも半分インチキみたいなものなのに。

 個人的には現在好まれている自然派とか、全て本物みたいなモノは嫌いだ。むしろ全部ニセモノで完全に人為的に構築されたコンテンツが好きなので、ヤラセウェルカムなのだ。好きな映像作家はヤコペッティ(やらせドキュメンタリー=モキュメンタリーの帝王)だ。

 この「カリギュラ」は、そういったテレビ・ネットどちらも合わせたバラエティ界において特に過激派であると思える。それは軽薄・野次馬・インチキヤラセ……そういった世間から「テレビ屋」と批判される要素がわざとでも何でもなく、ごく自然に醸し出され、番組の基礎となっているからだ。地上波の様にBPOに対して取り繕う気はなく(これもある意味下品だが)、「テレビ屋」特有の下品さがこれほど露出している番組はない!
Youtuberの素人だからこその意識的な怖いもの知らず・無鉄砲さではなく、その世界にドップリ浸かったプロフェッショナルが無意識のうちに出す下劣さはより鋭く視聴者に入り込む。良いことでも悪いことでもそれを徹底的にやれば、人々はそれが筋を通していると感じ好感を覚えるものだ。しかし、「カリギュラ」はその点については全く徹底していない。笑っていいのか、怒るべきなのか、そのギリギリの点を突いてくる。だから、見る人によっては非常に不愉快に感じる番組だ。特に「鹿狩り」の様な命をテーマにした回でも、その倫理を高らかに謳いつつ、やっていることは冷やかしみたいなものだ。

 現在のテレビ番組はテロップが過剰だが、それは視聴者にストレスなく安心して笑いどころを提供している。炎上上等のネット動画は、見た人がそれに対し気兼ねなく中傷をぶつけることができる。中傷をコメントするために動画を見ている人だっているのだ。どちらにしても視聴者はどう見るかについて安心できる。
 「カリギュラ」は視聴者をそのどちらにも明確に振り分けない。そこに「中途半端だ!」とか「失礼だ」と不快に感じる人はとても多いはずだ。特に正義感の強い人が多い日本においては。しかし、そんなヒリヒリしたバランスに悶える人間もいるのだ。

 今の世の中、どんな問題でも賛成派と反対派が激しくガチンコでぶつかり合っている。「カリギュラ」は云わば、その両陣営をゴシップで擦り合わせた作品だ。しかも、遠目で斜に構えているのではなく、最前線で綱渡りをしているようなものだ。コンプライアンスに屈しない、とかそういった表面的な文句の奥に隠れるテレビ屋の本性が透けて見える(不)快作である!続きも楽しみだね。

 

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何だかんだ言っても、殺して食ったもん勝ちだよな