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映画原人の穴

映画を中心とした感想ブログです。ネタバレなしです!

「フルートベール駅で」―人が死ななきゃ映画は作れぬ?―

洋画

フルートベール駅で(字幕版)

 

 

あらすじ
 2009年、元日。サンフランシスコのフルートベール駅で一人の黒人青年が警官に射殺された。彼―オスカー・グラント(マイケル・B・ジョーダン)は無抵抗で丸腰だったにもかかわらずだ。しかも撃った警官が白人であったため、世界規模での人種差別抗議デモに発展した実話。

 

おすすめ
 監督のライアン・クーグラーと主演のマイケル・B・ジョーダンは本作で一気に知名度をあげ、それが「クリード チャンプを継ぐ男」へとつながった。二人がスターダムへとのし上がっていくきっかけとなる記念碑的な作品なのだ。
 芸術は怒りを露にする―とはよく言うが、この映画も現実の事件に対する怒りが強くあらわれている。黒人は白人よりも命が軽いのか?そんなわけはない(もちろんアジア系も)。
 この作品は、非情にも殺されてしまった一人の黒人の平凡な日常を丹念に描くことで人種差別の無意味さ、馬鹿さを静かにだが強烈に叩き付ける。

感想
 こういった突然の不幸に襲われた主人公というのは大体2種類いる。まったくの善人、あるいは人生のどん底から再起をかけようとしている努力家だ。
 今回の主人公、オスカーは困窮の末、薬物売買に手を出し、収監されてしまう。出所後は嫁と娘を養うために必死に職探しをするが、うまくいかない。それでも再びヤク売りに戻る事はせずに、苦悩しているのだ。良いやつでしょ?とはいえ、奴らのグループと電車で遭遇したくはないが!

 結局のところ、被害者だとしてもそれがどうしようもない奴だったら、誰も見向きもしないわけだ。事件が起き、そこに権利を主張したい人たちが機会を見出し、すぐさまデモだり何だりが発生する。しかし、少しすると被害者側にもつけ入られる悪い側面を見出され、事態は収束する……いつもの光景だ。

 物事を誇大にするのは何時も部外者で、正義を振りかざす人々だ。この映画の良い所は製作者たちがそういう人にはなっていないところだ。声高に叫んでいるだけなら意味がない。「また騒いでいる……」と言われるのがオチだ。
 大事なのは、その主張する人々がどの様に考え、生きてきたのかを知ることだ。分かり合うには自分を出していくしかない。顔を隠して過激な文章で主張するのはただのクレームでしかないのだ。

 痛ましい事件ではあるが、社会が変わるのはいつも事件が起きてからだ。話し合いで最初から最後まで決められることなんてあるか?また、ライアン・クーグラーとマイケル・B・ジョーダンもこの事件がなければ、今ほど出世できなかったかもしれないし、したとしてずいぶん先の話になったかもしれない。
 映画は社会的な大事件をモチーフにしたものが多い。戦争モノなんてそのまんまだ。そう考えると何も起こらない平和な世界が途方もなくつまらないに思える。難儀なものだ。