映画原人の穴

映画を中心とした感想ブログです。ネタバレなしです!

「羅生門」―それでも信じざるを得ない!―

 

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あらすじ

 豪雨の中、雨宿りの為荒れ果てた羅生門の下に駆け込む一人の男。そこには既に二人の男がいたが、どちらも放心状態だった。何があったか聞くと、二人は自らが遭遇したある事件を語りだす……

 感想

 ①信用できない価値観

 この映画は今でこそ傑作と誉高いが公開当時はそうではなかった。話が難解であり、本作を配給した大映永田雅一社長も訳が分からん、と言って途中で見るのをやめ、さらに批評家、観客の評価も共に不評だったと言う。しかし外国人が絶賛し、ヴェネチア国際映画祭でグランプリを獲るなどすると皆が掌返しで絶賛した。

 外国人、特に白人が絶賛したからこれはすごいんだ!という価値観は今もあまり変わっていないように見える。外国人が日本の文化やら食事について感嘆している様はテレビやネットで腐るほど見ることが出来る。「外国人の視点で日本を再発見する」なんて言えば聞こえはいいが、結局のところ自らが自らの文化を価値判断する基準を持っていないだけなのだ。

 似たような話で前にアニメーターの大塚康生氏の話で、「日本人は作品そのものではなく、作った人で評価する」というものはある。例えばアニメの歴史を語るとき、必ずと言っていいほど手塚治虫宮崎駿をただただ絶賛する人が多いという。「手塚治虫が使ったあの技術がすごいねぇ!」……その技術は手塚以前に既に存在しているのだ。要するに中身なんて最初から見ていなくて表面上しか捉えられていないわけだ。Why!? Japanese People!!しっかりしろ!

 ②自分らしさって何だ?

 この作品は一人の男が殺された事件に対し、その当事者たちが真相を語るのだが、そのどれもが食い違っているという話だ。この場合、全員が自らの罪逃れを行っているとふつう思うのだが、違う。彼らは自らが有罪になるよりも自分らしさを失うのを恐れたのだ。

 自分らしさとは「他人が自分の事をこう思っていて欲しい」というようなものだ。一時期「自分探し」というものが流行ったがそれは結局自分のアピールポイントを作り上げる事だった。

 人は自分が他人にどう思われているかを意識してその通りにふるまっている。三船敏郎が演じた多襄丸は悪名高き盗賊であり、それを自らも意識している。男を殺害したのは自分である、と堂々と言いそれが自分らしさである!と言わんばかりだ。

 死んだ男の妻である真砂(京マチ子)も自らの持つ女らしさというものを精一杯アピールする。当時の理想の女性像とは貞淑に夫に尽くし、もし自らが他の男に無理やり辱められたら死んで詫びるような女だ。今でも地球のどこかではそんな価値観があるが……。

 自分らしさを維持するっていうのは案外大変なもので人は必死になる。人は何時の間にか築き上げた「自分らしさ」というオリの中でもがいているってわけだな!(by ミスチル

③他人を信じること

 人の価値観というものは先程書いた通り案外信用ならないものであるし、自分に分が悪い事は常に隠し続けている。すごい仲の良い友人だとしても腹の中身はわからない。

 だからと言って全ての人を信用しないなんて人間社会で生きていく中では不可能だ。なにか約束するたびに法的に有効な契約書を書く?それはいわゆる”レッドテープ”と言われるものになりかねない。人を信用しないと余計な規則や手続きが瞬く間に生まれる。

 「人を信用できない世の中になった」なんてよく言うがそれは60年前にこの映画が作られた時もそうだったし、多分文字が生まれる以前でも同じだったのだろう。それでも人はコミュニティを作り、協力して生き抜いてきた。

 完全な善人なんて存在しない。また完全な悪人も存在しない。善人だと思っていた人間がふとみせる悪意。その時悪人であると決めるか、善人だと信じ続けるかは・・・・・・お前だ!

 

 

藪の中 (講談社文庫)

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 ↑原作は藪の中であるが羅生門の要素もある
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